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国立大学法人法「改正」案の問題点①:隠蔽された立法事実

 

 法律の制定や改正にあたっては、その必要性や正当性を根拠づける立法事実を明確に示すことが必要である。さもなければ、行政権の担い手たる内閣が朝令暮改をくりかえして法的安定性を損ないかねないからである・

 今回の国立大学法人法「改正」案の前提となる立法事実はどのようなものなのか。

 驚くべきことに、法案の説明にはどこにも立法事実が示されていない。 

 公表された法律改正の「理由」には、ただ「国立大学法人等の管理運営の改善並びに教育研究体制の整備及び充実等を図るため」とだけ書いてある(「国立大学法人法の一部を改正する法律案(案文・理由)」)。このような「理由」で法律を改正できるのならば、どのようなことだってできてしまう。

 本来ならば、「国立大学法人等の管理運営の改善並びに教育研究体制の整備及び充実等を図るため」になぜ「一定規模」以上の国立大学に「運営方針会議」なるものを設置しなくてはならい理由を物語る立法事実を示す必要がある。

 もっとも今回の「改正」にいたる経緯まで含めてみるならば、立法事実として理解できる事実がないわけではない。それは、学長による不正行為、法令違反、独断専行などを牽制する必要があるということである。ただし、政府・文科省にとって都合が悪いものであるために隠蔽されているといわざるをえない。

 従来、学長が役員会などの議を経て決めることになっていた予算・決算を新設の運営方針会議が決めることになっていることや、運営方針会議が学長へ改善措置を要求できるという法案の立てつけからもそれは明らかである。

 実は、同様の趣旨での国立大学法人法「改正」は2021年にも行われている。

 この時には従来の学長選考会議を学長選考・監察会議として学長への監督機能を強化するとともに、文科大臣の任命する監事に対して「学長に不正行為や法令違反等がある」と判断したときに学長選考・監察会議に報告する権限を与えた(「国立大学法人法の一部を改正する法律案(概要)」)。

 さらに、この時に衆議院調査局文部科学室が作成した「国立大学法人法の一部を改正する法律案(内閣提出第44号)」に関する資料」(2021年4月)においては、「学長への牽制機能」という言葉を用いて提案理由を説明している。すなわち、2014年の学校教育法および国立大学法人法の改正により「学長が最終決定権者であること及び教授会が議決機関ではないことを明確化」した。「このように学長のリーダシップが強化され、戦略的に大学をマネジメントできるガバナンス体制をの構築が進む一方で、学長選考会議の有する学長等の牽制機能が十分に発揮できていない状況である」。

 平たく言えば、2014年の法改正により学長の権限を強化しすぎたために、学長の「不正行為や法令違反等」が生じることになった。そこで、文科大臣の任命する監事の権限を強化して、いわば「上から」学長を牽制することが必要になったということである。

 この時に大学教員有志のネットワークとして、学長の「不正行為」や「法令違反」という事実認識を共有しながらも、学内の構成員による「下から」の牽制機能こそが必要なのだという立場から法案の廃案を求めた(「学長選考会議の権限強化に反対します―これ以上、大学を壊さないでください!」)。

 今回の「改正」案は、学長選考会議と監事の権限強化に加えて、さらに運営方針会議の設置によって学長を統制しようとするものであるから、2021年「改正」案のさらに屋上屋を架すものといえる。

 だとすれば、その前提となる立法事実は、学長の権限強化により「不正行為」や「法令違反」を犯す学長が出てしまったということを含むはずである。

 日刊工業新聞社論説委員兼編集委員である山本佳世子氏によるコメントは、この解釈を補強する。山本氏は今回の「改正」案にかかわるコメントにおいて「政府がこの措置をとったことで、国立大学長の独断専行に牽制をかける、運営方針会議の仕組みは早急に浸透するのではないか」と記している(「指定国立大と国際卓越研究大の中間!?、東大・京大など対象「特定国立大学」とは」『ニューススイッチ』2023年11月2日)。

 すなわち、運営方針会議の設置は「国立大学長の独断専行に牽制をかける」ことだと述べているわけである。今回の運営方針会議の構想が国際卓越研究大学にかかわるガバナンス改革のなかで生まれてきたことは明らかであり、山本氏が文科省の「世界と伍する研究大学の実現に向けた制度改正等のための検討会議」の委員でもあった以上、これは制度設計にかかわった者の解釈として重みを持つ。

 以上をふまえて、国会審議で次のようなことを問うべきである。

  • 今回の「改正」案の前提となる立法事実はどのようなものであるのか?
  • 今回の「改正」案の前提となる立法事実として、2021年の法改正時と同様に「学長の不正行為や法令違反等」が含まれているという理解でよいのか?
  • 今回の「改正」案において運営方針会議設置を打ち出した理由には、「学長の不正行為や法令違反等」や、「学長の独断専行」に対する「牽制機能」を持たせるという意味を含むという理解でよいか?
  • 「学長の不正行為や法令違反等」や「学長の独断専行」とは具体的にどのような事実を指しているのか?
  • 「不正行為」「法令違反」「独断専行」の原因は、2014年の学校教育法・国立大学法人法の改正とみるべきではないか?
  • 政府・文科省は学長の「不正行為」「法令違反」「独断専行」を犯す学長をむしろ守り、育ててきたのではないか?わたしたちは、その具体的なケースを豊富にあげることができる。このそれぞれについてどのように認識しているのか?
  • 「不正行為」「法令違反」「独断専行」をただすためにはむしろ「下から」の牽制を可能にするために、大学構成員の半数以上の賛同による解任発議のような仕組みをつくるべきではないか?
  • 2021年の法改正では、学長自らが学長選考会議の委員に加えることができるとしているのに対して、「牽制されるべき学長・理事が学長選考会議に関与することが可能となっている」のはおかしいという半田から、学長を委員に加えることができないようにすると定めた。ところが、今回の「改正」案では「運営方針会議は、運営方針委員3人以上と学長で組織する」と定めている。なぜ牽制されるべき学長が、運営方針会議の委員となりうるのか?これは2021年の法改正時の説明と矛盾しないのか?
  • 2021年の法改正の際の参議院附帯決議では「学長選考・監察会議の運営にあたっては「大学の自治を尊重し、多様な意見を持つ教職員・学生等を含む学内外のステークホルダーの理解を得られるよう努めること」(第一項)と記している(「参議院文教科学委員会附帯決議」2021年5月13日)。運営方針会議委員が文部科学大臣の「承認」を必要とするというのは定めることは「大学の自治」の侵害となるのではないか?教職員・学生など学内のステークホルダーが運営方針会議委員の解任を認めたときに、構成員の半数以上の参道により解任は発議できる仕組みをつくるべきではないか?
  • やはり2021年の法改正の際の参議院附帯決議では、「中期目標・中期計画の策定にあたって国は「国立大学法人の自主性・自律性の発展を尊重する」観点から「事前の規制にならないよう十分に留意すること」(第六項)と規定している。文部科学大臣の承認を受けた運営方針会議委員が中期目標・中期計画を決定する権限を持つ回の法案は、この附帯決議を踏みにじるものではないか?説明せよ。
  • 今回の「改正」案が独断専行に歯止めをかけるというよりも、むしろ拍車をかけるものではないか?ただ文科省の意向に忠実な独断専行を求めるものではないか?

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